兄ちゃん

僕には8つ年上の兄がいる。8つも上なので、幼少時には大人と子供ぐらいの差を感じていた。そりゃそうだ、僕が小学5年の時は相手は高校3年。何かと面倒を見てもらった思い出もさることながら、いじめられた記憶もしっかり残っている。ねちっこい性格なのだ。
どれだけの平手を喰らったのか数え切れない。やり返そうとした所で、この年の差では喧嘩にもならないのだ。一度中学に上がってから本気でやってみたことがあったが、壊れ物が無い場所まで連れていかれたあげく、強烈なボディーブローをもらってその場にうずくまってしまった。不思議な事に顔面をグーで殴られた事は一度も無い。というか兄は他人の顔面をグーで殴ったことがあるのだろうか。
心のわだかまりが解け、二人の関係を冷静に見つめられるようになったのは、社会人になって何年も経ってからだった。
一度何かの折に兄がぼそっと言ったことがある。「母親は、俺よりお前の事の方が好きなのだと思っていた」と。僕もぼそっと応えた。「そのまったく逆のことを思っていた」と。
兄は高校は県内一のワル校に通った。兄はトラックの運ちゃんをやっている。兄は僕が二十になるくらいまでずっとお年玉をくれていた。兄は声が太くて強そうに見える。兄が一番しあわせなのは、仕事が終わってビールを飲んでいる時。兄の身長は僕より低くなった。
未だに地元へ帰ると、兄は自分で運転して温泉やら美味い店やら連れていってくれる。今は僕の方が稼いでいるはずだが、兄が全額払う。僕は大きな買い物でないかぎりは、兄に払わせたいと思う。
僕は30を過ぎた今でも、彼を「兄ちゃん」と呼ぶ。