さよならチワンレストラン

世間はハロウィンだったようですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
わたくしは「ケッ、ハロウィンなんて進駐軍の祭りじゃねぇか!この非国民が!」というタイプの男なのですが、わたくしのアパートにもやはり小さな子供を持った家族が何人か住んでおります。万が一子供が仮装してやってきて「あげる物が何もない」では可哀相です。そんなわけで毎年お菓子を買ってきて待っているのですが、一度も来ません。多分「小さい子供にいたずらをするタイプの人間」と思われているのでしょう。ちょっと待てこの野郎!!!
実はハロウィン中に風邪をひいてしまいまして「シロメさん大丈夫?おかゆ作ってきたよ☆」という人も居ないので、家にこもってひたすらお湯を飲む毎日だったのです。おじいちゃんみたいですね。そんなわけで外出できなかったので、今週はこちらのレストランのお話を。

やはりカナダはハンバーガーの国、僕の住んでいる所も食事情はあまり良くありません。例えばこの街には8軒の日本料理屋がありますが、1軒を除いてみんな中国人かカナダ人がやっています。でも誰も気づいてません。仮に気づいても「いいじゃん食えれば」みたいな感じだと思います。日本人以外の経営の所がかなり繁盛しています。支店作ったりしてます。ま、日本料理は仕方ないと思うのです。この街は日本人永住者はせいぜい数十人しかいませんから。

しかし中華料理もかなり偽者がまかりとおっています。回鍋肉にブロッコリーとにんじんを入れたりします。というか他のあらゆる中華料理にブロッコリーとにんじんを入れます。その代わり他の野菜は入れません。カナダの食というのは肉に主眼を置いたスタイルになっておりまして、どの料理でも大抵「牛肉、豚肉、鶏肉、えび」のうちどれかを選べます。その代わり野菜の方のバラエティが削られます。野菜は味が無い、健康にいいけどつまらない食べ物、ドレッシングやソースをドバドバかけて食べるものなのです。例えば写真はケチャップの広告ですが、これ何を言ってるかというと「ケチャップを使わない食事なんてボール紙を食べてるようなもの」という事です。裏を返せばケチャップさえかければボールg(略

そんな中でチワンレストランは数少ない「本物を出す料理店」です。すりガラスごしに見える厨房には、きちんと白いコック帽子をかぶった料理人のシルエットが見えます。ウエイトレスの姉ちゃんは小太りでいつもジョークばかり飛ばしていますが、メニュー以外の細かい要望も確実に厨房に伝えます。店の入り口には小さな池のディスプレイがあり、亀がのんびりくつろいでいます。「知ってるかい?日本人は亀も食うんだぜ。」と言うと「あら中国人だって食べるわよ。」と返してきます。旦那さんも時々出てきますが蛇頭みたいな刺青をしています。お前は怖いから奥にいろ。僕がこの店で好きな料理は沢山ありますが、例えば餃子なんか最高です。皮がうまい。店で皮から作っているらしく、噛むとしっとりとした香りが漂ってきます。この街では麺自体がうまいとか、パンの生地自体がうまいなんていう料理はとても貴重なのです。

ある日このレストランに行くと、ウエイトレスの姉ちゃんがいつもの笑顔のまんま「実は来月レストランを閉めるの」と言いました。売上が良くないんだとか。僕がおかしな話だね、ここの料理はこの街の中華料理の中でトップなのにと言うと、「小さな街だから中国人の数もそれほど多くないし、中国人の食べる中華料理というのが評価されないの」と、やはりいつもの笑顔で言いました。僕はたいそうショックを受けましたが、とにかく一ヶ月後の閉店までできるだけこのレストランに足を運ぶことにしました。世の中には正攻法で勝負する人、小細工をせず努力で戦う人がいます。しかし周囲の人がサポートしたり評価したりしなければ「変な人、損な役回りの人」で終わってしまう人も沢山います。正直、もっとこの店に行ってあげるべきだったなとちょっと後悔しました。

それからというもの毎日毎日「やぁこんにちは」「寒くなってきたね」を繰り返し、とうとうチワンレストラン最後の日がやってきました。「今日はね、あんたに特別メニューがあるの。」姉ちゃんは手書きのメニューを見せてくれました。「この中から好きなのを選んでね。」中国語で、料理が10種類ほど書かれています。読めないので説明してもらいつつ、最後の晩餐を決めました。僕が注文した料理は線が引かれ、リストから消えました。これでリストは残り4つになりました。ふと周りをみると、他の人たちは普段どおりのメニューを見ています。きっとあのメニューは中国人の身内や友人向けの特別メニューだったのでしょう。そんな最後の10人に日本人の僕を加えてくれたんだと思うととても嬉しく、そして光栄でした。味は残念ながらよく覚えていません。あまり味わう余裕が無かったようです。

食事を終え、とうとうお別れになりました。経営がうまく行かなくての閉店ですから、もう生涯会うことは無いかもしれません。「2ヶ月ほどバケーションを取ることにしたの。その後はどうするかまだ決めてないの。」姉ちゃんはいつものように笑っています。僕は一体何と言ったらいいかずっと考えていました。本当はもっと賛辞の言葉を送りたかったんだけど、うまく口から出ませんでした。結局僕はさよならとは言わず、「また必ずどこかで会いましょう」と言いました。「ああ、きっと中国の人はこういう時に再見、と言うんだろうな」と思いました。

チワンレストランの皆さん、一路平安。